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アメリカにおける障害者支援とウェブアクセシビリティの略史

公開日 02-09-2019 カテゴリ

IT・情報通信の分野においても、バリアフリー環境の整備は官民一体となって取り組まれてきた課題ですが、弊社製品もその例外ではありません。弊社では継続的に製品/サービスのWebアクセシビリティの確保および向上に取り組んでおり、昨年は弊社電子書籍プラットフォームのアクセシビリティ向上の取り組みが高く評価され、2018 Jisc ASPIRE Accessibility National Auditで最高評価を獲得しました。

そこで今回より複数回にわたって、弊社のアクセシビリティの確保および向上に関する取り組みをご紹介して参ります。初回となる本記事では、弊社本社があるアメリカにおける障害者支援とアクセシビリティ確保の歴史について概観します。

(Mian Bishop, EBSCO Information Services Platform Product Manager)- アメリカにおいて、アクセシビリティおよび障害を取り巻く議論は2世紀以上前に始まりました。障害者の有する権利と機会が、障害を持たないその他の人と同等であることを保証する為には、様々な個人による、弛まぬ支持と努力を正しく理解し評価することが重要です。また、今日のWebアクセシビリティに関する議論を促し、主流の論調につながった重要な出来事や法律について改めて考えてみることも価値があるでしょう。

そこで本記事では、公民権法から今日のテクノロジーに至るまで、障害者を支援した学校、ツール、および法制の簡単な歴史を紹介します。

障害の定義
アメリカ障害者法(ADA)では、障害者を下記のように定義しています。

a)主要な生命機能の1つもしくはそれ以上を実質的に制限する肉体的または精神的障害を持つ個人

b)そのような障害の記録を持っている個人

c)そのような障害があるとみなされる個人

主要な生命機能には、呼吸・歩行・聴く・視る・会話・学習・作業・手作業の実行および、自身の身の周りのケアが含まれます。表記は “disabled / handicapped person” ではなく ”person with a disability”(またはperson with deafnessのようにpersonが先行する形)が推奨されています。

初期の歴史
障害者に着目した、初期の重要な出来事は以下のとおりです:

1817〜1864年:
コネチカット州ハートフォードのAmerican School for the Deaf(アメリカ最古の障害児向け学校)、ボストンのパーキンス盲学校、Columbia Institution for the Deaf and Dumb and Blind(現ギャローデット大学)等の教育機関が設立されました。ギャローデット大は世界で最初に大学の学位を授与した大学であり、1988年には初となる、ろうの学長を採用しました。

1869年/1909年:
アメリカ特許庁で最初の車椅子に関する特許が登録されました。40年後の1909年には、初の身体障害者向け折り畳み式車椅子が導入されました。

1878年/1909年:
ジョエル・W・スミスによりModified Braille(点字の書式)がアメリカ盲人指導者協会に提案されました。しかし、視覚障害者がModified Brailleを支持していたにも係らず、実際はニューヨーク・ポイントの方が好まれました。
31年後の1909年、New York Public School SystemがAmerican Brailleを採用し、視覚に障害を持つ児童向けの授業で使用しました。

1933年:
ポリオの後遺障害を持っていたフランクリン・デラノ・ルーズベルトが、重度の障害者として最初の国家元首(アメリカ大統領)に就任しました。

1973年:
ワシントンDCで米国初となるハンディキャップ駐車ステッカーが導入されました

1973年のリハビリテーション法 (Rehabilitation Act of 1973)
1973年に成立したリハビリテーション法は、アメリカでは初の、障害を持つ人々に対する公民権保護を目的とするものでした。同法の504条には、「アメリカ合衆国における資格を有する障害のある個人は、その障害を理由として、連邦政府から財政的な援助を受給しているプログラムあるいは活動について、参加を除外、利益の享受を否定、また差別されてはならない」とあります。
1979年、最高裁判所は、初めて第504条の「合理的変更(reasonable modifications)」を障害者権利法の重要な原則として採決しました。

1998年にはリハビリテーション法が改正され、これにより連邦政府機関は、障害者が電子および情報技術を利用できるよう努めることが義務付けられました。具体的には、同法第508条に基づき、連邦政府機関は、障害のある従業員に対し、その他の人が利用できるものと同等の情報(へのアクセス)を提供しなければならなくなりました。

また1934年の通信法(Communications Act of 1934)第255条は1996年の電気通信法(Telecommunications Act of 1996)によって改正され、障害のある人も電気通信技術を利用した製品・サービスにアクセスできるようにすることが求められるようになりました。業者は、容易に達成できる(readily achievable)場合、製品が「障害のある人が入手し、また使用できるように設計、開発および製造」することを保証する必要があります。なお、容易に達成できる(readily achievable)とは、「容易に達成でき、多くの困難や費用をかけずに実現できること」を意味します。

2018年1月22日には、第508条および第255条の改正が、アメリカアクセス委員会(United States Access Board)によって最終決定されました。この改訂は技術の変化に対応すると共に、世界各国で開発された情報通信技術のアクセシビリティ標準との調和を図るために、既存の規制を「更新」する上で大いに有益なものでした。

障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act /ADA)
1990年7月26日、ジョージ·H·W·ブッシュ大統領は”障害を持つアメリカ人法(以下ADA)”に署名しました。
この法は、あらゆる公共の領域(職場/学校/交通機関など)や、一般に開放されている公的/私的な場所における障害者差別を禁止する公民権法で、障害の有無にかかわらず、誰もが等しい権利と機会を持つことを保証しています。つまり、障害者のための「平等な機会」を担保する法律です。

2008年9月には、改正法(Americans with Disabilities Act Amendments Act / 以下ADAAA)に署名がされ、2009年1月1日から施行されました。 ADAAAAは、障害者の定義について“ADAの用語で許容されうる最大限幅広い範囲の個人に適用し、基本的にそれ以上の検討は不要であるべき”と解釈される点を強調しています。

Webコンテンツアクセシビリティガイ\ドライン(WCAG)
Webコンテンツアクセシビリティガイドライン(以下WCAG)は、World Wide Web Consortium(W3C)のWeb Accessibility Initiative(WAI)と世界各国の機関および有識者の協力の下に制定されました。
WCAG 2.0規格は、機能タイプ(コンピューター、タブレット、モバイルなど)ではなく技術に適用され、通信法第508条および第255条に準拠している必要があります。WCAGが目標としているのは、全世界の個人、組織、政府のニーズを満たす、単一の共有Webコンテンツアクセシビリティ標準を提供することです。

Web「コンテンツ」とは、通常、WebページまたはWebアプリケーション内にある情報を指します。 ここでいう情報には、natural information(テキスト、画像、音声など)と、サイトの構造やプレゼンテーションなどを定義するコード/マークアップとが含まれます。

Web「アクセシビリティ」とは、ウェブサイト、技術、ツールの設計と開発を通じて、障害のある人がそれらを利用できるようにすることを意味します。
つまりは、障害を持つ人々がWebコンテンツを理解し、知覚し、操作し、インタラクティブな関係を構築できるようにすることです。なおここで言う障害には、聴覚、発話、視覚、認知、神経、身体など、Webへのアクセスに影響するすべての障害が含まれます。

このように、歴史上、アメリカは障害のある人々の求めに対応するため、長い道のりを歩んできました。
弊社も、障害の有無に関係なく、あらゆる全てのお客様およびユーザーが製品とサービスにアクセスできるよう努めてまいりますことをお約束します。

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