ヨガは、様々な実践を通して心・体・呼吸を調和させる古代の行法です。これを医学的な症状の予防や治療に対して用いることを、メディカル・ヨガ・セラピーと呼称します。

一般的にヨガが健康を促進するために利用される一方で、メディカル・ヨガ・セラピーは多数の要素から成り立っていて、かつ疾患特異的です。とはいえ西洋の医療制度下では、ヨガは昔からスポーツや運動療法としての位置づけに追いやられており、有効な医療行為としては限られた影響力しか持ち合わせていません。
しかし、治療としてのヨガに関する科学的エビデンスは増加し続けており、乳がん・慢性腰痛・心血管疾患・2型糖尿病・気分/思考の障害など、様々な病状のアウトカムが改善されていることが実証されています。しかもヨガ療法は、従来の医学的治療の妨げになる可能性が極めて低いのです。 しかし、西洋の医療制度では、ヨガ療法はまだ限定的にしか取り入れられていないのが現状です。

ただ、潮目が少しずつ変わってきている兆しはあります。
イギリスの国民保健サービス(NHS)では、social prescribing (社会的処方)という取り組みを通じて、メディカル・ヨガ・セラピーを医療制度全体に統合するための着実な努力が行われています。social prescribing、もしくは community referral は、個々人に合わせたケアを提供するため NHS が策定した長期計画の柱の一つであり、臨床医学の補助として、患者を地域のリソースやプログラムと結びつけ、健康やウェルビーイングの増進を図るものです。

social prescribing は、determinants of health(健康の決定要因)・孤独・健康格差・医療資源の利用など、医療における多くの「旬な話題(ホットトピック)」を非臨床的手段で解決することを目指しています。スポーツ・芸術活動・借金相談・友達づくり・ガーデニング・カウンセリングなど、提供するものは多岐にわたります。 そしてこの処方は、患者のニーズや興味、居住地域のリソースに合わせた形で行われます。ヨガ療法は、その健康面での効果・医学的治療に対する干渉の少なさ・地域社会への浸透・受容性から、例外的な処方と言うことができます。

NHS は慈善団体の Yoga in Healthcare Alliance (YIHA) に、social prescribing を通じて広く提供できる、標準化されたエビデンスに基づき、かつ多数の要素から構成されるヨガ介入(= Yoga4Health)の設計を依頼しました。

Yoga4Health は、特に以下のようなリスクファクターを持つ患者のために設計されています:

  • 心血管疾患
  • 糖尿病予備軍
  • 軽度から中等度の不安またはうつ病
  • 社会的孤立

10週間の介入は、グループ教育・ディスカッション・呼吸法・ポーズ(アサナ)の練習・リラクゼーションを含む2時間/週のセッションで構成され、1クラスあたり最大15人の患者が参加します。また、あらゆる身体能力の患者に対応できるよう、マットや椅子を使うバージョンの作成といった修正も行われました。自宅での実践をサポートするマニュアル・動画やプリントの類もあります。 患者は自ら申請する、もしくは医療機関や NHS の social prescribing link worker の紹介を通じてこのプログラムに参加することができます。

この Yoga4Health プログラムは、ウェストミンスター大学が2019年2022年に発表した2つの論文において評価が行われました。

このプログラムから得られた3点の重要な気付きを、以下にご紹介します:

1. エビデンスに基づき標準化されたメディカル・ヨガ・セラピーのプログラムは、医療制度に対するヨガ療法の統合を促進する:
メディカル・ヨガ・セラピーが医療制度の中で十全に活用されていない理由が、いくつか指摘されています。
そこでは、欧米の医療制度の水準に見合うような、再現性があり、科学的に検証された、患者ケアの向上に結び付くプログラムが殆どないことが(理由のひとつに)挙げられました。 Yoga4Health プログラムの有効性に対する初期評価では、患者の積極性・知覚されたストレス・不安・うつ・社会とのつながり、ウェルビーイングの意識に有意な改善がみられ、腹囲径の減少も確認されました。これらの知見は、介入後3ヶ月間持続しました。
このプログラムは、標準化され、再現性があり、また費用対効果に優れています。 Yoga4Health は、様々な基準を満たしたことで、Royal College of General Practitioners- Personalized Care Institute の認定を受け、現在英国全土で利用可能になっています。

2. ヨガインストラクターやセラピストと協力して、標準化されたメディカル・ヨガ・セラピーのプログラムを提供することで、より多くの患者の治療の選択肢が広がるとともに、医療における新たなキャリアパスが創出される:
医療システムが需要の増加、臨床医の燃え尽き、人員不足に悩まされている中、非臨床医療従事者の役割を結集して、医療介護の提供を支えることは極めて重要です。今いるヨガのインストラクターやセラピストが、特定の症状に対し、エビデンスに基づいた標準的なメディカル・ヨガ・セラピーのプログラムを提供できるようになれば、医療は1回の診察でかなりの数の患者に健康教育や介入を行うことができるようになります。 Yoga4Health のようなプログラムは、集団診療・介護に匹敵するポテンシャルを持っており、慢性疾患や医療資源の負担を軽減する上で、広い範囲に影響を及ぼすでしょう。(記事執筆)現在、225人以上の Yoga4Health 認定インストラクターがいます。

3. 患者は Yoga4Health のプログラムを楽しみ、プログラム終了後もヨガの練習を続けた:
多くの患者が、ヨガのレッスンやグループダイナミックス(集団力動)を楽しむことができ、それが幸福感や連帯感の向上につながったと述べています。またライブセッションや補足情報は、患者自身の能力や健康状態に合わせて適切なものを選ぶことができたそうです。 患者は介入後3ヶ月の時点で平均週2日、マニュアルや動画などのコース教材や地域のヨガ教室を利用してヨガの練習を続けていました。
ヨガの練習を継続するための障害は、費用、次いで時間の不足でした。継続することに興味がないと答えた患者は、わずか4%に過ぎませんでした。

Yoga4Health プログラムについては、更なる研究が必要ですが、地域リソースを動員して標準化されたプログラムの統合に成功したことは、他の環境においても同様の事例を再現するためのヒントをもたらすことでしょう。